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安らかに心豊かな人生を過ごすための道しるべ「主と共に、主イエスに倣って」(19)

峯野龍弘牧師

第5章 主イエスの歩まれたアガペーの生涯の日々

Ⅳ. 見くびられ軽視されがちな、いと小さな者にも寄り添われた主イエス

(2)飼い主のいない羊のように弱り果てている人々を憐れまれた主イエス

主イエスは、日々町々、村々を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝えられましたが、それにも増して行く先々で出会う、飼い主のいない羊のように弱りはて、打ちひしがれている人々をご覧になり、彼らを深く憐れまれ、彼らに寄り添われました。そこには様々な病気のために苦しんでいる人々がいました。ある者は大きな問題を抱え、悩み苦しんでいました。中には悪霊に憑かれて、狂気の沙汰と言うべき振る舞いを成し、人々から恐れられ、嫌がられるような人々も多々いました。これらの人々の苦悩はもはや当時においては、家族も医者も、そして如何なる人々に頼っても、解決し得ない悩ましい悲しい出来事であって、彼らはどこにも身の置き所がありませんでした。まさに「弱り果て、打ちひしがれた」状況に置かれていました。主イエスは、そのような彼らの状況をご覧になり、決して彼らをお見捨てにはなりませんでした。それを深く憐れまれ、彼らの一人一人に寄り添われ、彼らを癒し、助け、救い出し、その苦悩から彼らを解放されました。しかし、そのような助けを必要とする人々があまりに多いので、主は弟子たちに「働き手」を送って頂くように、天の父にお願いするようにと命じられると共に、彼らにも汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いを癒す権能をお授けになり、彼らを悩める人々のところにお遣わしになりました(マタイ9:35~10:1)。主は、このような悩める人々がいつまでも、その悩みの中に放置されていることをお喜びにならず、彼らを深く憐れみ一刻でも早く、彼らが癒されて喜びの内に日々を過ごすことを願っておられたからでした。実に主イエスは何処までも悩み、悲しみ、苦しむ人々に心を寄せ、常に彼らに寄り添い、慰め、癒し、助け、励まされた、心優しい救い主であられたのでした。

(3)卑しめられていた徴税人や罪人と食事を共にされた主イエス

主イエスのご在世当時、ユダヤでは徴税人や罪人は、ファリサイ派の人々や律法学者たちから、ひどく卑しめられていました。正しい人が、このような人々と交わり、席を共にし食事をすることは、まことにふしだらなこととして卑しめられていたのです。ところが何と主イエスは、その徴税人の一人であるマタイと言う人物が収税所に座っているのをご覧になり、「わたしに従いなさい」(マタイ9:9)と親しく声掛けして、弟子の一人に加えられました。のみならず、これを喜んだマタイが、主イエスを自宅に招き、ファリサイ人や律法学者たちが忌み嫌っていた徴税人仲間や罪人たちを呼び、盛大に宴会を催したのでした(ルカ5:29)。それを目撃したファリサイ人や律法学者たちは、すかさずこう非難しました。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」(同5:30、マタイ9:11)と。

その時、主イエスもすかさずこう答えました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マタイ9:12~13)と。

ここにも主イエスが、如何にこの世で嘲られたり、軽蔑されたり、退けられている、いと小さな価値なき存在であれ、この者をも重んぜられ、これらの人々に心寄せられた「アガペー(愛)の主」であられたかが、如実に描き出されています。これがアガペーの主である主イエスの歩まれた日々でした。

果たしてお互いは、日々の歩みの中で、このような人々に対してどのように心寄せて、歩んでいるでしょうか?(続く)

峯野龍弘(みねの・たつひろ)

1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。