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愛による全面受容と心の癒しへの道(117)

峯野龍弘牧師

第7章 「ウルトラ良い子」を健全に育てるための「アガペー育児法」

Ⅳ、第3期 7歳から12歳までの児童期の教育

さて、アガペー育児法の最後は、6,7歳頃から12歳ぐらいまでの主として小学校時代の子供たちの教育に関してです。子供によって個人差があるので厳密な年齢割をすることが出来ませんが、筆者は一応7歳から12歳までを目安としています。肉体的、精神的には、いわゆる思春期前の児童期もしくは学童期であって、今までとは異なって急速に大きく成長発達を遂げて行く変化期でもあります。それだけにこの時期特有の認識と適切な対応が親もしくは養育者に求められてくるのです。そこで以下においてどのような認識と適切な対応が求められるのか、概略述べてみたいと思います。

しかし、その前にここでその大前提として是非とも心に深く銘記しておいて頂きたい重要事があるのです。それは他でもないこの第三の時期になっても、今まで学び、積み上げてきたウルトラ良き子に対する“アガペーによる全面受容”の道筋から、決して逸れないで頂きたいということです。あくまでもその基本、その本質、その愛の軌道の上を走り続けながら、その年代ごとに考慮しなければならない育児法もしくは養育を施してほしいものです。別の言い方をすればこの第三期は、今まで学び、積み上げてきたすべての良きものの集大成の時期だからなのです。つまりウルトラ良い子たちの心と体と霊魂、すなわち全人格・全生活・全生涯に、この掛け替えのない尊い資質を完備させてあげるための格好の総仕上げの期間だからなのです。ですから決して手抜き、息抜きをしては頂きたくないのです。どこまでも「アガペーで始め、アガペーで仕上げる」皆様であって頂きたいと思います。

そこで本論に入る前にいま一つここで記しておきたい大切なことがあるのです。それはいわゆる「反抗期」と呼ばれる重要事で、これは人間が子供から大人に成長して行く途上で体験し表わす精神的特殊状況で、決して異常な現象や不健康な病的症状ではありません。むしろその反対にこの「反抗期」のないことの方が、異常であり、不健康である場合すらありうるのです。なぜなら「反抗期」は、子供が精神的に健康に成長する過程で、徐々に「自分性」(これを心理学的には「自我」と呼びます)が芽生え始め、今までは自分の生存の一切を親や他者に依存し切って生きてきましたが、「反抗期」は肉体的にも精神的に自分自身で何かが出来、何かをしたくなるほど成長してきたときに、その「自分性」を表現するために起こる現象なのです。しかも、これは何も悪意から「反抗」しようと思って行動しているのでは断じてありません。ただまだ未熟なので適切な判断が出来ず、しかも適切な表現や行動がとれないだけのことなのです。これを「反抗期」と名付けていた大人たちや学者たちの名付け方が悪かったのです。これはむしろ「自分性の発露」とか「自我発露」とでも言うべきではなかったのではないでしょうか。ですからこの「自分性の発露」もしくは「自我発露」は、人間性が健全に成長発達していることの証明であって、誠に喜ばしいことなのです。そこでいわゆる「反抗期」を迎えたなら、困ったものだと嘆くよりも、むしろ「反抗期、おめでとう!」と言って、お祝いでもしてあげたならどうなのでしょうか。

ちなみに一般的にこの「反抗期」には二期があって、前期が3歳から4歳ごろにやってきて、これを「第一反抗期」と呼んでいます。やっと「自分性」(自我感情)が芽生え始めた証拠です。「イヤ、イヤ」をしたり、やたらに「ぐずったり」して、あどけないものです。

そしてもう一つは、思春期・青年前期つまり12歳頃から15歳頃にやって来る後期の反抗期で、これを通常は「第二反抗期」と呼んでいます。この場合は「第一反抗期」とはおよそ様相が異なって大人たちにはまさに「反抗」と思われる強烈な抵抗を伴うことがしばしばあります。しかし、これとても決して悪意からの「反抗」ではなく、単なる過去の習慣や親たちや大人たちの上からの権威に盲従するのではなく、自分なりに学習し、体験したことを通じて自らの内に立ち上がってくる考えや判断に従って、主体的に物事に関わろうとする自己確立への頼もしい「自分性の発露」なのです。しかし、何といってもその自らの知り得た情報と体験は、必ずしも完全なものとは言えません。しかしながら彼らはそれでもなお、今自分の達し得たところに従って主体的に、自己責任においてその道を突き進みたいと切願するがために、あたかも「反抗的」と思われる道を選ぶのです。その結果、成功、失敗を繰り返しながら、こうした経験を積み重ねる中から遂に謙虚になって、豊かな人間性を取り込んで行くことになるのです。ですからこれまた「真の自分性との出会い」を求めて旅する思春期・青年前期の貴重な人生の旅路と受け止めて、暖かい大きな心で見守ってあげたいものです。そうです、ここでもまた「アガペーによる全面受容」が不可欠なのです。(続く)

峯野龍弘(みねの・たつひろ)

1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。