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愛による全面受容と心の癒しへの道(113)

峯野龍弘牧師

第7章 「ウルトラ良い子」を健全に育てるための「アガペー育児法」

Ⅲ、第2期 3歳から6歳までの幼児期後半の幼児教育(前回からの続き)

C、高潔な品性、人格の基盤となる気質の育
3 真実であること、聖いことの尊さを打ち込む

またこの時期に何よりも心掛けたいことは、真実であることと聖くあることの尊さをしっかりと教え、その心に植え付け、打ち込むことです。いま植え付け、打ち込むと申しましたが、彼らは本来そのような感性、特性を生まれながらにして、他の平均的な子供たちにまさって天与の賜物として持ち合わせているわけですから、その感性、特質を引き出し、より堅固なものとするために両親が、しっかりとそれを認識して取り組むことが必要です。

ところが残念ながら多くの両親たちがこの点において失敗してしまっています。その主なる理由は以下の通りです。

それは失礼ながら率直に言って、この世の多くの両親たちは、通常ウルトラ良い子の感性と特性に寄り添えるほどまでには、真実であることや聖くあることについて強い意識を持っていないのです。それほどまでにウルトラ良い子たちは、真実や聖なることに対する潜在願望やそれを求める感度が高いのです。何と喜ばしい幸いなことでしょう。ところが通常、人はそうではありません。せいぜい真実については「嘘をつかないこと」「正直であること」位の認識でとどまってしまっています。しかし、ウルトラ良い子には、よろず真実に真心こめて人や物事に対処することの大切さ、尊さを身をもって示して行くことが重要です。ウルトラ良い子の特質である8つの志向性についてすでに学びましたが、その内の最初の三つの志向性、すなわち純粋志向性、本質志向性、絶対志向性は、いずれの感性も物事の奥にある究極の真実を求めているのです。すごいではありませんか。ですからお互いは彼らのひざ元にひれ伏し教えられなければならないのですが、しかし彼らはまだ自らの内にあるその尊い資質を引き出し、育んでもらう必要のある子供です。そしてその両親は、これを引き出し、育むために立てられた尊い養育者です。そこで襟を正して天より授かったこのウルトラ良い子を養育しなければならないのです。そのためには親自ら究極の真実とは何かと自問自答しながら、謙虚に養育に当たる必要があるわけです。こうして子供と共に親も成長して行くことが出来るのです。楽しみですね。

そこでその真実の学習は、先ず間違ったことには常に謝罪を、つまり「ごめんなさい」と言える子供に育てることです。その上に、自分にとっていかに不利となり損となるような場面でも、決して恥じたり臆したりせずに、勇気を持って真実を言い表すことが出来る子供に育てましょう。それが言えた時には、大いに褒め言葉をかけ、如何に真実であることが尊いことであるかを深く心に刻み込むように心がけることが必要です。そして常に何が真実であるのか、また真実でないのかを見極める「真実ゲーム」を親子で繰り返すのです。子供は親の真実を見て育ちます。特にウルトラ良い子は、親の真実を見抜きます。親の不真実は、その子を傷つけます。しかし、子供はその親の不真実を見抜きつつも、その訴えを親に向ってうまく表現できません。小さいうちはただ黙って受け止め続け、耐え忍びます。それは成長と共に親に対する不信感、不信頼、更には反発、強い拒絶感、遂には親に対する憎しみに変わります。長い間親の不真実が彼らのストレスとなり、大きな抑圧の一つの原因となっていたからです。

そこで如何に真実の尊いことよ。この幼少期における真実の尊さの学習に功を奏する親を持つウルトラ良い子は、何と幸いでしょうか!

さて、次に真実であることに優るとも劣らない尊いことがあります。それは「聖くあること」の尊さです。ウルトラ良い子には、またこの時期に、しっかりと「聖なるもの」に対する畏敬の念を培っておく必要があります。これについては、次回に記すことに致しましょう。(続く)

峯野龍弘(みねの・たつひろ)

1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。