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愛による全面受容と心の癒しへの道(95)

峯野龍弘牧師

第6章 アガペーによるフォローアップ ―神の嘉される8原則―

Ⅵ、

さて更にこの「アガペーによる全面受容」を続けることによって、心傷つき病んでいたウルトラ良い子の癒しを成し遂げて行くために、不可欠なフォローアップの第6番目の原則は、それは受容者がどこまでも「常に本質に根ざし、純粋に、決して差別せず、使い分けをしない」と言うことです。

この「本質に根ざすこと」、「純粋であること」、「差別しないこと」、そして「使い分けをしないこと」と言う諸点は、すでに本書の最初のころに「ウルトラ良い子の八つの特質」について記しました時に、これらが皆彼らの特質の最たる要件をなしていたことを学びました。またそもそも彼らの心の中に引き起こされた抑圧の始まりは、彼らの内に生まれながらにして宿っていた鋭敏にして卓越した八つのウルトラ感性に対する非受容と、その無理解から来た不充足に端を発していたことについても記しました。それゆえ彼らの癒しと回復のためには何と言っても彼らのウルトラ感性を受容し、充足して行くことが極めて大切であり、不可欠なのです。その中でも世間の常識や世俗の価値観に流されず、常に物事の本質をしっかり把握・認識し、かつアガペーに深く根差した他者配慮豊かな純粋動機をもって、当該の心傷つき病んでいる我が子は勿論のこと、のみならず関わりのあるすべての人間関係においても何一つ「差別することなく」、また相手の如何によって「使い分けすることなく」対応し続けて行くことが肝要です。なぜなら癒しを必要としている彼らにとっては、受容者が自分に対しても、また自分以外の誰に対しても常に変わらず、万事に付け物事の本質を踏まえ、常に純粋動機をもってことに当たり、しかも誰をも差別することなく、また如何なる場合にも使い分けすることなく対応しているのを知って、心から安息することが出来るからなのです。もし自分だけを受容して、他者を受容していないとすると、自分に対する受容が本当に真実な受容なのか、自分だけに対する場当たりの虚偽の受容であるのかわからず、心底から安息することが出来なくなってしまうのです。それほどまでに彼らのウルトラ感性は鋭敏で、その確認ができるまで彼らの心は充足されないのです。ですからどこまでも「常に本質に根ざし、純粋に、決して差別せず、使い分けをしない」ことが重要なのです。そしてこのような真実な受容こそ、まさに彼らの癒しに直結します。

彼らは長い間、両親たちのこのような受容と対応を渇望していたのでした。そしてこのような受容と対応が、一時的な「対症療法」としてではなく、これが両親たちの本心となり、平常心となって彼らを受容し続ける時、彼らはそれを感知し一気に癒され始めるのです。それはそれは素晴らしいものです。小僕は今日までの長い経験の中で、彼らの癒しの過程において如何にこの「常に本質に根ざし、純粋に、決して差別せず、使い分けをしない」と言うことが大切であるかを、痛感させられて来ました。ですから是非とも彼らの癒しを損なうことなく、いよいよ癒され続けて行くことが出来るために、この第六の原則「常に本質に根ざし、かつ純粋に、決して差別せず、使い分けをしないこと」を守り続けてほしいものです。彼らは両親たちのその真受容の心と姿を見届けたいのです。見て、知って、確かめたいのです。そして安息したいのです。ですから癒され始めて彼らを引き続きどこまでも「常に本質に根ざし、かつ純粋に、決して差別せず、使い分けをしない」でフォローし続けて上げて下さい。その労苦は必ず報われ、彼らは癒されます。そしてこのような受容者である両親たちの愛と忍耐と労苦は、必ず心病み、傷ついていたウルトラ良い子たちの心と魂を揺り動かし、更なる癒しの完成に向かって彼らを進み行かせることでしょう。それは人間の創造者である神の御心に適ったフォローの仕方であって、それゆえ必ず神の嘉されることだと確信させられています。どうぞ挫けずフォローアップして下さい。(続く)

峯野龍弘(みねの・たつひろ)

1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。