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愛による全面受容と心の癒しへの道(44)

峯野龍弘牧師

第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因

IV. 両親からの抑圧と諸問題

2) 子供の自立心や自尊心を損なう両親の言動が惹き起す諸問題
(2)放任主義

前回に続いてこの放任主義の弊害について、いま一つ付け加えておきたいことがある。それは親から放任され、かまって欲しい時にもかまってもらえず、話しかけ、聴いて欲しい時にも話してもらえず、聴いても貰えないで、ただ放任され続けていると、やがて子供たちの中に“見捨てられ症候群”とも呼ばれる不安と寂しさ、更には自分は大切にされてはおらず、要らない人間なのだろうかとの真に不憫な思いが培われてしまう。

これまたいわゆる典型的な“抑圧”とは異なった意味でのコンプレックス、若しくは劣等感を引き起こしてしまう結果となり易い。そこで人恋しく極端にはしゃいでみたり、過度なジョークを飛ばしてみたりして、他人の関心を引き寄せようと道化師のようにふるまってしまうのである。ある者はそこで遂に非行に走ることもあり、引きこもる者もいる。いずれにしても、哀れ彼らの多くが心傷つき病んでしまうのである。これまた両親が惹き起こす重大問題の一つである。

ちなみに更に一言するならば、両親は、常に子供たちの人生、つまり彼らの心と生活の同伴者、更には彼らの成長・発達という人生レースの伴走者でなければならない。それ以上に、両親が彼らの成長過程で常に彼らに密着し、“同心同歩”を怠らず、しつけたり、教育・訓練するのではなく、豊かな愛の受容を持って共同歩行することによって、彼らに様々な良き体験をする機会を豊かに提供することにより、自己啓発と正しき生活感覚を育成する者でなければならない。

これこそが彼らの真の自立促進に益する道であり、両親は常に彼らの人生の良きアドバイサーでなければならない。それなのに、放任主義は両親が責任を全く放棄してしまうことに他ならず、放任主義は子供の人生に対する親が犯す大罪である。これらのことを両親はよくよくわきまえていなければならない。

3) 父親の権威主義とエリート志向、及び母親の虚栄心と羞恥心の狭間に喘ぐ子供たちの抑圧

両親たちの言動が惹き起こす子供の抑圧に関して、今一つ大問題について指摘しておこう。それは、父親の権威主義とエリート志向、そして母親の虚栄心と羞恥心の狭間に喘ぐ子供たちの抑圧という問題である。ここには以下のような問題要素が絡み合っている。

(1)権威主義

先ず第一は、父親の権威主義とエリート志向である。とかく世の父親たちは、父親の“権威”という虚像に幻惑されて、これに自ら酔いしれているかのごとく(これを“自己陶酔”と言う)、闇雲に自分の子供たちに向かって君臨しようとする。これが権威主義的父親像である。

しかし、前述したように父親は“権威”ではなく“尊厳”を持って子供を養育すべきである。“尊厳”ある父親は、決して権威を振りかざし、力づくで子供を服従させることをしない。彼は自ら真理に従って穏やかに、かつ子供の尊敬と信頼を勝ち取ることができるよう、怒りや苛立ちを寄せ付けず、物事の意味する是々非々を諄々と解き明かし、子供を説得することができる父親である。

しかし、自らにその内実を欠如した無能な父親に限って、本来ありもしない“父親の権威”という虚像を振りかざし、力づくで子供を黙らせ、服従させようとする。その結果、子供の心を傷つけ、大なる抑圧を与えてしまう轍を踏む。やがてこれは、子供の心に抑圧の結果として反感情や恨み、憎しみ、更には軽蔑の念を造成してしまう。権威主義には害あって決して益はない。(続く)

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 峯野龍弘(みねの・たつひろ)

 1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

 この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

 主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。