安らかに心豊かな人生を過ごすための道しるべ「主と共に、主イエスに倣って」(16)

峯野龍弘牧師

第5章 主イエスの歩まれたアガペーの生涯の日々

Ⅱ. 苦悩する人々に寄り添い癒された主

さて、主イエスは四人の若き弟子たちを従えて、いよいよ本格的に湖畔の地、ガリラヤで宣教を始められました。主は日々、ガリラヤ中を巡られ、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝えられました(マタイ4:23)。その教えを聞いた人々は、きっとその教えに大きな驚きと共に、喜びを感じたことでしょう。主イエスの教えは、彼らが今まで聞いて教えられて来た律法学者たちの教えとはおよそ異なり、その教えは愛に満ち溢れ、かつ律法学者たちよりも、はるかに崇高で、権威に満ち溢れていたからです(マルコ1:22参照)。

のみならずまさに驚いたことには、その教えを聞いていた人たちの中にいた重い病を身に負っていた人が、突然癒されたのでした。その上、更にそこにいた悪霊に取りつかれていた男性が急に叫び出し、「ナザレのイエス様、かまわないでください。わたしたちを滅ぼしに来たのですか。あなたの正体は分かっています。あなたは神の聖者です」と言うと、主イエスがその男を支配していた悪霊に向かって「黙りなさい。この人から出て行きなさい」とりつけると、たちどころにその人を引き付けさせ、悪霊は大声をあげてその男から出て行きました(マルコ1:23~26参照)。これを目の当たりにした人々は、「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。」(同27)と口々に言い現わし、主イエスの聖名を崇めました。この時の人々の驚きと喜びは、どんなに大きかったことでしょう。それは今日のお互いの想像を、はるかに超えたものであったに違いありません。

この噂は、たちどころにガリラヤ中に広まらないわけがありません。ガリラヤ中はもとよりのこと、シリヤ州全土に至るまで、にわかに広まって行きました。ですからその評判を耳にした人々が、その日以来、主イエスの行くところどこにおいても、続々と押しかけてきました。それらの人々の大部分は、長い間何をしても、どこへ行っても治してもらうことのできなかった重い病を患っていたあらゆる種類の病人たちや、諸々の苦悩を身に負っていた人々、そして悪霊に取りつかれ苦しんでいた人々とその家族たちでした。彼らは、この愛と恵みと偉大な権威をお持ちである主イエスの御許に、その噂を耳にして、その癒しと解放を求めて、我先にと競ってやって来たのでした。主イエスは、それらの一人一人をご覧になり、彼らを深く憐れまれ、大きな御愛をもって、次々と癒されたのでした。のみならず爾来(じらい)、主イエスは町々、村々を隈なく巡って、飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれていた人々を深く憐れまれ、彼らに寄り添いあらゆる病や患い、そして悪霊から彼らを救い、癒し、解放されたのでした(マタイ9:35~36参照)。

こうして「アガペーの主」である主イエスの愛の宣教活動は、一気に加速し、日ならずしてガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こうの地域に至るまでその福音は広まり、日々に大勢の群衆が、主イエスの御許にやって来ては救われ、癒されたばかりか、多くの人々が主イエスの愛の教えを受け入れて、主イエスに従ったのでした。何と言う主イエスの偉大な愛と大能(たいのう)でしょうか!主の聖名は、ほむべきかな!(続く)

峯野龍弘(みねの・たつひろ)

1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。

この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。

主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。