東京・新宿で教会をお探しの皆様[淀橋教会公式ブログ]

招き続けるイエス

 K. I.

 小学校時代、母の仕事の関係で自宅から遠い学校へ通っていました。そのせいか、友人もあまりできず、中学生になっても学校生活は楽しいとは思えませんでした。

  中学3年にあがる時、いつものようにクラス替えがありました。新しいクラスでも、私には親しい友達ができず、不安な日々を送っていました。そんな時、私に声をかけてくれたあるクラスメートがいました。彼女はクリスチャンでした。

  私は彼女に誘われ、淀橋教会の日曜学校(現アガペー・ファミリー)と呼ばれる子ども向けの礼拝に通うようになりました。そこで初めて、イエス様のことを知りました。教会はとても楽しく、また、教会の皆さんが仲良くしてくださったことで、私はとても嬉しくなり、どんどん明るくなっていきました。洗礼について考える機会もあったのですが、残念ながら母の反対にあい、洗礼はあきらめました。

  高校に入学してからは、クリスチャンの友人とも離れ離れになりました。私も部活で忙しくなり教会に行かなくなりました。その後、大学へ無事進学し学生生活を楽しんでいたころ、慢性腎炎という病に突然かかりました。

  この病気は治らないこと、また、あまり活動的に行動しないようお医者様に言われました。この頃、私は再びイエス様の招きを受け、淀橋教会に通うようになりました。

  大学生になっていた私は、日曜学校ではなく、教会に通う大学生が参加する青年会(大学生の集り)に参加しはじめました。青年会はとても活気にあふれ、皆が参加するキャンプに私も参加し、イエス様の愛に感謝しました。

  ところが社会人になると仕事が忙しくなり、また、教会から足が遠のいてしまいました。その後、結婚もし、病のため困難だと言われていた出産も無事にできました。

  すくすくと大きくなった長男は、幼稚園に入園しました。そんな中、幼稚園の送り迎えを通して、私は中学時代を思い出すようになりました。私は、あの頃と同じように、なかなか子供のお母さんたちと仲良くなれなかったのです。

  その時、イエス様が淀橋教会のことを私に思い出させてくださいました。私は何年かぶりで、教会に電話をすることにしました。すると、教会の先生が温かく迎えてくれました。3度目の正直です。私は、なんという放蕩娘でしょうか。

  「2度も離れていたにも関わらず、教会の皆さんは私をまだ受け入れてくださる。」ここが私のいるところだと確信しました。それからは、婦人の集まりであるエリサベツ会に母と出席するようにました。聖書の学びを通して、夫との関係や母との関係が以前よりも良好になっていきました。また、20年近く患っていた病が不思議に癒されました。これには、お医者様も本当に驚いていらっしゃいました。

  このころ、“すべての私の罪を消してくださるかたはイエス様しかいらっしゃらない”と、神様が私の心に教えてくださいました。そして、聖書の言葉をいただき2002年10月6日に洗礼を受けました。

「だれでも水と霊とによって生まれなければ、
神の国に入ることはできない。」
ヨハネによる福音書3章5節

 洗礼を受けた後、私の心にはさらに平安が広がり、主人や母、教会の方々やクリスチャンではない友人とも、楽しい日々を過ごしていました。しかし、そんな中、私はまた神様が悲しまれることを繰り返してしまいました。

  洗礼を受けて3年たったころ、私はヨーガのインストラクターをやっていたのですが、仕事が忙しくなり、イエス様よりも仕事を優先し始めてしまったのです。日曜も仕事になることが多くなり、教会には行っていたもののイエス様を中心に生きていないということに気づかされました。

「あなたがたはこの世に倣ってはなりません。
むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、
何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、
また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」
ローマの信徒への手紙12章2節

 この聖書のことば、“イエス様の叫び”が私を変えました。私は我に返り、7年続けたヨーガの仕事をやめ、イエス様を中心にする生活をしようと再び心に決めました。

  4度目の正直で、教会に戻ってきてからは、洗礼を受けた直後のように初心に戻って聖書を読み進めることができています。イエス様なしには生きていけないことを神様に教えられ、イエス様を中心とする生活スタイルに変えることができるようになりました。

  イエス様は、たとえ何があろうとも、私が中学3年生の時から、ずっと変わらず、私とともに歩んでくれていました。

  私がどんなところを通ろうとも、変わらずに共にいてくださったイエス様に心から感謝し、このイエス様から絶対に離れないよう、聖書の言葉を心にたくわえ、祈り、神様の愛に満たされるように、これからも歩んでいきます。