東京・新宿で教会をお探しの皆様[淀橋教会公式ブログ]

探して見つけた答え

M.T.

 私は教会にくる前まで、哲学・宗教・心霊研究・スピリチュアリズムなどを勉強していました。もちろん、キリスト教もある程度勉強していました。なぜそのような分野を勉強していたのかというと、弟が早死にし、死や死後の世界に関心をもったことと、学校や職場での人間関係がしんどかったからです。

 キリスト教を学んでいくうちに、ローマ書の「復讐するは我にあり」という、復讐を自ら行わないように教える聖書のことばを知りました。当時、私はクリスチャンではありませんでしたが、このことばを信じて、職場でどんな理不尽な目にあっても仕返しはせずに我慢し、神にゆだねることにしました。我慢していると、不思議に状況が変化し、やはり神様はおられるということを、身体で覚えました。聖書のことばには、ものすごい力があるのだということがわかりました。

 愛する人たち、自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい
「『復讐はわたしのすること、わたしが報復する』と主は言われる」
ローマの信徒への手紙12章19節

 その後も引き続き、キリスト教についてはある程度勉強することにしました。教会音楽でいうモンテベルディの「聖母マリアの夕べの祈り」がとても好きでした。住まいの近くにはきちんとした教会はなく、友人・知人にクリスチャンはおらず、職場の近くにはいくつか教会がありましたが敷居が高く、入ることはできませんでした。

 では、なぜ淀橋教会か?という話ですが、さきほど書いた心霊研究のグループの友人が大久保に住んでおりOセンターで勉強会をしていたこと、韓国に興味があってコリアンタウンである大久保にきていたことや、用事がすんだあとは何故か小滝橋通りのほうに向かい淀橋教会の前を通りすぎていたことなどから、この教会の存在を知ることになりました。「ずいぶん立派な教会だな。比較的外国人の方が多い国際的な教会なんだな」という印象を持っていましたが、中に入ろうと思ったことはありませんでした。

 私は短波放送を聞く趣味があり、エクアドルから配信されるキリスト教短波放送のラジオ、HCJBをよく聴いていました。この放送を行っている尾崎先生という方が、2009年の8月に同好会を開催されると聞き、ロシアの国営放送のOさんと、一緒に参加することにしました。

 尾崎先生のことは小学生のころから知っていましたが、直接先生にお便りを出したことはなく、会合でもほとんどお話はしませんでした。その時は、ただなんとなく同好会にいってみようと思い、地図を片手に会場に向かいました。するとびっくり、以前からしばしば前を通りかかって立派な教会だと思っていた教会、淀橋教会が会場ではないですか。

 いざ教会に入ってみると、雰囲気も良く、以前入っていた心霊研究のグループは自分の居場所ではないのではないかと数年前から感じてもいたので、それから毎週淀橋教会に通うことにしました。通い始めて2~3カ月後、洗礼を志願しました。

 教会の方から、「まだ早いんじゃないの」といわれるかもしれないと思いましたが、そんなことは一切ありませんでした。また、私が「学生時代エレキベースをひいていました」と申し上げましたら、「教会の音楽チームのベースの方がちょうど抜けてしまうので代わりに入ってほしい」と言われました。2010年4月イースターの洗礼後、すぐに教会の音楽チームのメンバーに入れていただきました。

 ゴスペルという音楽はほとんど知りませんでしたが、聞けば聞くほど、どこかに尽きぬ泉のようなものがあって、星の数ほどのすばらしい曲があることがわかりました。

 現在私は50歳で、教会にきたのは46歳くらいですが、これまでの数年間は実に恵まれてきました。私のように、家族はもとより、友人・知人にクリスチャンがおらず、放送伝道を通じて教会にきた、しかも50歳近くになってというのは珍しいケースかと思います。

 私の両親は私が教会いっていることに対しては、最初から特に反対はしていませんでした。実は、以前に一度だけ、両親を教会に連れてきたことがあります。その日は副牧師の新川先生が米国のグランドキャニオンを訪問したときのことを説教で触れていましたが、私の両親も以前、アメリカ旅行に行って一番印象に残ったのがグランドキャニオンだといっていましたので不思議な感じがしました。

 その後、物理的に遠いこともあり、両親とも教会にはきていませんが、教会は悪いところだとは思っていないようです。二人とも後期高齢者になりましたが、とても元気で、今では、私の礼拝や奉仕を陰で助けてくれています。

 職場でも、教会にいっていることは話しています。日本ではキリスト教は認知されているので、「結構なことではないですか」といった反応です。職場の仲間との機関紙にも教会に通っていることを書いたりしますが、「私の両親も教会にいっています」「今度聖書を勉強したいので通信講座を教えてくれませんか」など、いろんな方が声をかけてきてくださいます。職場からも、救われる方が出ればと思っています。

 教会にきて、旧約聖書を2回目、新約聖書を3回目の通読に入っています。聖書には、マタイ福音書6章 天に富を積みなさい、神と富の両方に仕えることはできない、マルコ10章の貧しいものに施しなさい、など、お金にかかわる聖書のことばがたくさんでてくることに気づきました。神様からお預かりしたお金の使い方は非常に重要なことの一つだと最近感じています。

 今の私の願いは、できるだけ健康でいたいということです。もちろん、健康でなくても、祈り、奉仕はできるのですが、健康なほうがやれることの幅は広がります。神様からあとどれくらいの余命が与えられているのかわかりませんが、与えられた時間を有効につかいたいと思います。