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駅前留学で得たゆるし

T. T.

 私は三人兄弟の長男として生まれ育ちました。小さい頃からおとなしく、目立たない子供でした。

 私が聖書という物を知るようになったのは、小学校6年の時、「田中正造」について学校で学んだことがきっかけでした。彼が亡くなった時の所持品の中に、新約聖書があったそうです。私はその時から、聖書を意識するようになりました。私の家族にクリスチャンはいませんでしたが、高校はミッションスクールに通い、非常に楽しい高校生活を送りました。

 私は、要領や物覚えが悪く、学業、スポーツも得意な人間ではありません。大学に入るのに、1年間浪人しましたし、志望大学に入学したものの、在学中には再試験を繰り返し、留年も経験しました。大学卒業後も、臨床検査技師の国家試験に合格できず、一年間国家試験浪人をし、ようやく国家資格を取得しました。学業の困難さを痛感しました。ですから、大学院へ進学する人、年を重ねても、改めて学ぼうとする人は、本当に素晴らしいと思います。

 半年の就職浪人後、内定をもらって入社しましたが、1年近くは本当に地味な仕事を続けていました。そして、やっと初めてまともな仕事につかせて頂き、仕事が軌道に乗ったと思った直後、会社の不景気が影響し、吸収合併先の支店に転勤になってしまいました。愛知県と三重県の病院をまわり、叱咤されながらもようやく社会に貢献できるようになったと思いました。

 そのような経緯もあり、私は普段から物事を心配することが非常に多く、日々、「石橋をたたいて渡る」ことを基本にしていました。(それでも、失敗すること、間違えることが多かったです。)社会に出て、わずか約2年目で、人生守りに入っていたような気がします。高望みをせずに、予測されるリスクは、できるだけ避けて、少しずつ、成果を出していけば、普通の生活はできるだろうと、考えて生きていました。普通の稼ぎをして、この世の中で、ある程度の楽しみを味わい、ある程度の年齢まで生きて、苦しむ事なく、この世の生涯を終えることができたらと思っていました。私は、「誰に」また、「何に」頼れば良いかが、明確になっていませんでした。心配ごとや、悩みなどがあるとき、よく神社や仏閣に行き、八百万の神々に頼っていました。

 そのような時、会社の転勤先で一人のクリスチャンに出会いました。真冬の寒い夜でした。その時、会社帰りの私は、疲れていて、不機嫌でした。話しかけられた内容は、忘れてしまいましたが、「教会に行ってみませんか?」そのような内容だったように思います。「疲れた、寒い、荷物が重い、明日も朝早い、明日も、嫌な仕事、早く帰らなければ、」そのようなマイナスの感情ばかり抱えていた自分は、声をかけられたとき、その人に対して、ものすごい剣幕で、「忙しいんです」と叫んでしまいました。すると彼は、「すみません。お祈りをさせてください。」と言って、その場で、祈り始めました。「あなたの今日1日に、恵みがありますように」と。

 私は、とても驚きました。激しい衝撃を受けました。私は、ものすごい剣幕で断ったのに、その方は、私のために祈ってくれたのです。初めて会った人で、国籍も違い、それに、真冬の寒い夜という中でも、彼は私のために祈ってくれたのです。その時、私の心に何かが残りました。

 その数ヵ月後、私は駅で一人の粘り強い宣教師に、声をかけられました。もし、数ヶ月前の出来事がなければ私は、教会になぞ行く気にならなかったでしょう。今振り返れば、一つひとつの出来事が神様のご計画の中にあったのだと信じています。

 宣教師を通して私は初めて教会の門をくぐり、教会での聖書勉強会に参加するようになりました。また、聖書の言葉を聞くことやゴスペルがとても気に入ったこともあり、毎週の礼拝にも参加するようになりました。平日も、仕事帰りに、駅前留学のように教会に行きました。しかし、この時点では、まだ自分が罪人であること、そして、イエス様を救い主として認めることはなく、ただ頭で理解していたという段階でした。しかし徐々に、私の心に聖書の言葉の種は、蒔かれていきました。

 ある日のことです。突然、聖書の中の人物と、自らの姿が重なりました。それは、イエス様の弟子であるペトロです。ペトロはイエス様に「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決してもうしません」と決意を表しました。しかし、結果的にペトロはイエス様を三度否定し、その自らの誓いを果たせなかったのです。

 固く誓いを立てたのに、果たせなかったこと。守りたかったのに、守れなかったこと。そのペトロの姿が、自らに重なりました。私は、与えられた仕事を、転勤のために最後まで責任を持って果たせず、会社の同僚と病院のスタッフに迷惑をかけてしまったという申し訳なさがありました。また、難病の治療、生活習慣病の治療のためといいながら、医学研究の名のもと、多くの動物の犠牲を生み出してしまったという罪の意識もありました。

 自らの誓いを果たせなかったペトロは、どれだけ罪の意識に苦しんだでしょうか。ペトロの心の慟哭が、まるで自分の心の叫びのように思えたのです。

 

ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。
ヨハネによる福音書21章15,16,17節

 

 しかし、イエス様は三度否定したペトロ(シモン)を責めることなく、ただ「私を愛しているか?」と、3回尋ねました。ペトロが質問に答えることによって、ペテロの3度の否定を打ち消してくれたのです。この聖書の言葉を読んだ時私は、ただ、ただ、涙が止まりませんでした。なぜなら、私の心も同じように赦されたと実感したからです。

 あたたかなイエス様の愛に、感謝するばかりでした。このイエス様の愛に私は、救われました。その後、洗礼を受けました。

 救われて後、心配事の多かった自分の心のいばらが、少しずつ取り除かれて行くと同時に、守りの人生から、(攻める人生とまでは、言いませんが、)大胆に前進できるようになりました。以前は、一般のポップス音楽を好んで歌っていましたが、今では神様を賛美するゴスペルや賛美歌を心から歌う者へと変えられました。自分が頼るべき方が、イエス・キリストであると明確になりました。教会という「神様の家族」の仲間に加えて頂き、たくさんの兄弟姉妹が与えられ、嬉しくなりました。そして、この救われた喜びを一人でも多くの人と分かち合いたいという気持ちを与えられました。今後も、日々聖書を読み、祈りながら神様に与えられた人生を歩んでいきたいと思います。