東京・新宿で教会をお探しの皆様[淀橋教会公式ブログ]

病の中で救われた夫

T. S.

 2008年10月20日、その日は夫の71歳の誕生日でした。私たちは神様からあるプレゼントをいただきました。それは、ドキッとするような、しかし、“やはり・・・・”と思えるような、病のプレゼントでした。

 いつもは、近くの総合病院に通っていたのですが、そこでは検査は厳密にできても、手術となれば設備が揃っていないという事で国立T病院肝胆脺外科のA教授を紹介していたただきました。

 T病院の受付を訪れると、夫はそのまま入院となりました。CTスキャン、MRI等一日で検査を終え「今日、胆汁を抜く手術をしましょう」と、入院と同時に待ったなしの状態で治療が始まっていきました。治療計画は、患者の心のケアもしながら次々と進められていきました。「いついつ最大目的の手術をしましょう」と言われるものの、夫は体調を崩して手術は延期という事が何回かありました。

 2009年1月5日、遂にその日がやって来ました。私たち家族(長男と長女夫婦、私)は夫を囲み、看護士さんにも手伝って頂きながら夫の手術着への着替えをおこないました。「さあ行くか!」と、夫は自分を励ますように言い、口先はとても元気そうでした。私は(長女もそうでしょう)心の中で祈りを捧げました。

 夫を励ますつもりで、「お父さんは、戦火の中を逃げて助かった。疎開先でも、裸馬に乗って川の中へ振り落とされても助かった。見えないお方に命を守られ、お助け頂いたのだから、今日の手術も必ず大丈夫よ。」と言うと、今まで元気ぶっていたのに、口を一文字に結んで無言になり、涙ぐんでしまいました。「お母さんが余計なことを言うから」と、息子から言われました。

 手術の間、家族はティールームで待つことになりました。手術が終わるまでの9時間、不安や心配がよぎりましたが、教会の皆様や先生方が、背後でお祈りくださっていることを思い、感謝の思いでいっぱいになりました。

 「T様のご家族様、手術が終わりました。」看護士さんが迎えに来てくださった時、もう外は暗くなっていました。ICU室へ案内されて、まるで医療器具のジャングルのような中を通され、手術を終えた夫のベッドに近づきました。

 「あっという間に終わったよ。」夫の最初の一言でした。執刀に当たってくださった主治医のM先生は、紅潮したお顔と心なしか潤んだ目で、にこやかに立っておられました。その後、私たちが部屋を移動したところで、先生はこうおっしゃいました。「全部取り除きましたが、リンパにまだ数ヶ所あります。これは手術できませんので、化学治療で抑えて行きましょう。これからは癌と共生、共存していくことになります。」淡々とおっしゃる先生の言葉を耳にしましたが、不思議と、私の心は冷静でいることができました。

 すべてが終わったころ、もう夜の8時過ぎでした。ずっと張りつめていた思いが緩むと同時に、これからの入院生活にあたって病院と家との往復を考え「主よ、支えてください」と、祈りながら電車で帰りました。

 2009年1月の手術から、晴れて2月14日に退院することができました。それからは、週に一度抗癌剤ジェムザールを点滴するために通院生活が始まりました。本人はもとより、私自身も夫が人生の終盤を迎えているということは考えませんでした。夫は一日一日を大切に生活することを意識し、私は祈りつつ日々を過ごしました。

 以前から、夫はよく半田ごてを使って物を造っていました。病の中でも、音楽の音色を増幅させるためのアンプを造り、CDプレイヤーに取り付け、音楽の美しい音色が流れ出ると、「お母ちゃん、ちょっと来て聴いてごらん、ここに座って」と、自分の横に私を座らせて、手作りのアンプから流れ出るバイオリン曲やサックスの演奏を聴かせてくれました。更にもう一台造って病院へ持って行き、看護士さんに「これ使ってみて」と自分のアンプを使ってもらうようお願いしました。次週病院へ行った時、「Tさん、使わせて頂いていますよ」と云われると、指を丸めてOKサインを出してご満悦でした。

 「薬服用チェッカー」と名付けた作品も造りました。看護士さんから「Tさん特許申請してはいかがですか」と言われ、「いや、これで良いの」と看護士さんに褒められたことが嬉しいようでした。自分の作品には、「HiDe・プロ」と印字を上手に貼り、まるで商品のようなでき栄えでした。

 他にも、防犯カメラを設置したりし、いろんな物を造ることで苦しい痛みと闘っていたようでした。細やかな作業をする際に更によく見えるようにと白内障の手術を受けたり、高価な無線機を買ってベッドの中で交信したり、少しでも楽しく過ごせることを求めていたようです。

 8月10日、その日はやってきました。突然夫は「神様に会いたい」と私に伝えました。「それは牧師先生を呼ぶことよ」と夫に言うと「そうして欲しい」とはっきり答えました。私はすぐに教会に電話をしました。副牧師の市川先生がお電話に出てくださり、「すぐに来てください」とお願いしました。

 先生を待つ間、時間がとても長く感じられました。市川先生の一言一言に、はっきりとした意思で返事をし、「受洗しますか」との先生の問いかけに「お願いします」と力強く言いました。以前、妹が奈良から見舞いのために訪れた際「キリスト教の受洗は嫌だ」と、あれほど嫌がって言っていた夫が、まるで嘘のようでした。

 夫は、滴礼(※)によるバプテスマを授かりました。「アーメン、Yes, Sir!」と答え、「ありがとうございました。助かりました。兄弟達によろしくお伝えください。」と言い、主管牧師の峯野先生からのお電話でに出て、二人でしばらく話していました。

「短い時間であろうと長い時間であろうと、王ばかりでなく、
今日この話を聞いてくださるすべての方が、
私のようになってくださることを神に祈ります。」

使徒言行録26章29節

「人間にできることではないが、神にはできる。
神は何でもできるからだ。」

マルコによる福音書10章27節

 受洗から2日後の8月12日、イエス様に抱かれ、夫は静かに凱旋しました。実に、穏やかな表情でした。この使徒言行録の聖句のように、短い時間であろうとも、夫は神様に受け入れられたのです。ハレルヤ!自分の力を信じて生きてきた夫の人生でしたが、終わりに主イエス様の御名によって真実に救われ、イエス様と共に天に凱旋することが許された事を心から感謝しています。

 ※滴礼(てきれい):クリスチャンになるにあたって信仰を公に表す行い。全身を水につける洗礼(せんれい)と頭に少量の水をかける滴礼とがある。