信仰生活の羅針盤(2)
2022/04/25
峯野龍弘主管牧師 第2章 傲慢と卑屈 神の恵みの中で心と霊魂の解放と自由を得ていない世の人々は、多くの場合、傲慢と卑屈、高慢と自己卑下の両極端の間を行き来する、振り子のような人生を余儀なくされています。しかし、たとえキリスト者と言えども、真に明確な救いと聖めの体験を得ていない人々においては、ほぼ同様なことが言えます。使徒パウロは、このようなキリスト者を「肉の人」とか、「ただの人」と呼んでいます(
峯野龍弘主管牧師 第2章 傲慢と卑屈 神の恵みの中で心と霊魂の解放と自由を得ていない世の人々は、多くの場合、傲慢と卑屈、高慢と自己卑下の両極端の間を行き来する、振り子のような人生を余儀なくされています。しかし、たとえキリスト者と言えども、真に明確な救いと聖めの体験を得ていない人々においては、ほぼ同様なことが言えます。使徒パウロは、このようなキリスト者を「肉の人」とか、「ただの人」と呼んでいます(