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愛による全面受容と心の癒しへの道(37)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 1) 父の役割と母の役割の欠如による抑圧の素地 (3) 真善美、神愛聖、命霊祈、天永滅などの見えざる尊いものへの畏敬心の啓発 i.真善美 c.さて、第一の類型にはもう一つ「美」があります。人間が「真」を求め、「善」を求めて生きなければならないと同時にいま一つ「美」を求めて生きてゆかなければなりませ

愛による全面受容と心の癒しへの道(36)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 1) 父の役割と母の役割の欠如による抑圧の素地 (3) 真善美、神愛聖、命霊祈、天永滅などの見えざる尊いものへの畏敬心の啓発 さて、子育てに当たるご両親たちには、またしても是非心に留めて頂きたい更なる基本的重要事項があります。それはお互い人間には、他の被造物には決して与り知ることの出来ない、人間だけ

愛による全面受容と心の癒しへの道(35)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 1) 父の役割と母の役割の欠如による抑圧の素地 (2) 満三歳からの本質的善悪に対する識別力・分別の育成の欠如 そこでこの場合極めて重要なことは、かく物事の「是々非々」を識別・分別する良き資質や感性を養い育てるということは、いわゆる「何から何まで事細かに教え示したり、口やかましくしつけたりすることに

愛による全面受容と心の癒しへの道(34)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 1) 父の役割と母の役割の欠如による抑圧の素地 (2) 満三歳からの本質的善悪に対する識別力・分別の育成の欠如 さて、極めて大切な次の問題は、満3歳頃を目安として遅れずに取り組まなければならない、物事の善悪や是々非々を識別・分別して行く感性・資質の育成という重要事です。 これはこの時期にしっかりと

愛による全面受容と心の癒しへの道(33)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 1) 父の役割と母の役割の欠如による抑圧の素地 (1) 満三歳頃までの愛による十全な全面受容の欠如 今ここで「満三歳頃」までにと記しましたが、勿論これは厳密な意味で期間限定したのでは決してありません。経験的、臨床的な様々なケースとデータを見て、総合的に判断すると、ほぼこの辺りの年齢が最も適切な目安と

愛による全面受容と心の癒しへの道(32)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 IV. 両親からの抑圧と諸問題 さて、以上のようにウルトラ良い子の身に起こる極度の抑圧の最大原因が何であり、何に基づくものであったのかを突き止めて来ましたが、次にお互いは、その抑圧の最大の付与者、つまり加害者が実にその子の両親自身であったという、極めてショッキングな問題について言及してみたいと思います。 このことについては、言わば本

愛による全面受容と心の癒しへの道(31)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 III. 世俗的価値観と我執が齎す二重の抑圧 さて、そこでお互いが決定的に目覚め、認識し、かつ解放されていかなければならない人生の最重要課題は、お互い各人の心を抑圧し、支配し、そして虜にしてしまう恐るべき人生の敵である「世俗の価値観」と「我執」からの解放と脱却です。これを既に先に「抑圧の二大元凶」と呼びましたが、この二つこそが「諸悪の

愛による全面受容と心の癒しへの道(30)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 II. 我執 (4) 四重の悪しき主義(イズム) さて、今掲げた四重の悪しき主義(イズム)について、簡略説明しておきましょう。これは先にも述べましたように、我執の二大要素である「欲望」と「自己中心癖」の合したところに結果する悲しき四大主義(イズム)です。 イ.巧妙な打算的利己主義 我執は、必ず打算的利己主義を生み出すのです。その

愛による全面受容と心の癒しへの道(29)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 II. 我執 (3) 我執を構成している二つの要素―悪しき性質 そこで更にこの「我執」を構成している主なる要素について言及しておきたいと思います。そもそも「我執」は、以下の二つの要素すなわち各人の内に潜む二つの悪しき性質から構成されています。 ⅰ.まずその第一のものは、お互いの心中に潜む「欲望」です。ここで「欲望」とは、お互いが日

愛による全面受容と心の癒しへの道(28)

峯野龍弘牧師 第3章 ウルトラ良い子の抑圧の最大要因 II. 我執 (2) 我執と原罪 さて、このお互い個々人の心中に執拗に巣食い、お互いを支配し駆り立てている「我執」のことを、聖書は「罪」と呼んでいます。ではこの醜悪なお互い個々人の中に根を張り支配している「罪」は、果たしていつ頃から、どのようにして人間性の中に巣食うようになってしまったのでしょうか。 聖書は、これを天地創造の始め最

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