小原十三司師の突然の召天の跡を、神の奇しいご配剤の中で継承されたのが、現在の峯野龍弘主管牧師です。
峯野牧師は1968年より伝道師として赴任、小原師の召天直前に牧師按手礼を受けられ、1972年先代小原師と同じく27歳にして淀橋教会の主任牧師となられました。
峯野主管牧師は、その生い立ちから波乱と苦難の中を通られましたが、20歳でキリストに出会われての後、神の愛一筋に福音に仕えられ、主任牧師就任後も小原師と同じ信仰、同じ歩みをもって、淀橋教会を一糸不乱に牧会して行かれ、その結果礼拝平均も183名から10年後の1981年には278名にまで成長して行きました。
この間、組織においては役員会とは別に、淀橋教会独自の宣教幹事会、牧会スタッフ会が設けられ、運営面も強固にされ、また施設面でも牧師館、教育館と完成し、そして対外的な幅広い伝道活動が積極的に繰り広げられて行きました。
テレフォン伝道、またFEBC局を通してのメディア放送伝道、教会員居住地区における方面会活動、そして教会開拓も盛んに行われ、東戸塚エルシオンチャペル、福岡エルシオンチャペルと、次々と枝教会も誕生して行きました。
更にエクアドル、バングラデッシュに宣教師を派遣し、本教会では韓国語礼拝も始まり、毎週の徹夜祈祷会も行われるようになりました。
こうした中で、1985年には既に315名の礼拝平均を数えるまでに急成長し、1991年には年間最大礼拝人数として600名を数えたのです。
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